神様の婿入り

scan-5伊賀の国境、名張川の渓谷に望んで、平和なくらしの村があります。吉田村がそれです。

ここの鎮守、岩尾神社の神様は、伊賀の国から「入婿」にこられたとの言い伝えがあります。もともと、このささやかな山里には、これという鎮守の神様もなく、ただ、春の女神を祀る名ばかりの小さな祠があっただけでした。

その昔、村人が寄り集まって一つの相談をしました。それは産土の神を勧請することでした。中には村人の信仰している明神様がいいと言うものもありました。神域は村の中央の丘の上で、日当たりのよい森の静かな所にところにきまりました。

大勢の村人たちは汗みどろになって奉仕しました。岩を割るもの、槌を振るうもの、木を削るもの、と仕事をして、新しい神殿ができ上がりました。さあ、いよいよ神様の勧請です。宮遷しの晩には、境内から参道まで人でうずまりました。神主はおごそかに祝詞をあげ、村人は一斉に拝礼しました。

この時、あやしい黒雲が伊賀の国境からおそってきて、神殿の上に覆いかかりました。村人がおどろいて見つめる中、黒雲は神域一帯を覆って真暗になり、木々をゆする風がひゅうひゅうとうなって、ごう音が天地にひびきわたりました。

村人はこれこそ真実の神様のお降りだと、おそれおののきながら合掌九拝しました。神主の祝詞が終わるころ、このふしぎな様子は消えさって、かがり火があかあかとあたりを照らしました。やがて正気に返った村人たちは、神殿の裏に、大きな石の長持一荷がおかれてあることに気付きました。

巨岩には、くっきりと十字架の白い筋が大きくついていました。これは長持をになったときに使った‘石だすき‘でした。休憩の際水を飲まれたらしい石の水鉢も残されていました。

これは、たしかに婿入りされたしるしでした。白だすきをかけた巨岩は、神様のご神体として、長持などの石とともに、今も村人たちに厚く崇拝されています(村指定文化財)。