淵に沈んだ釣り鐘

毛原の里を流れる川を笠間川と言います。その川筋に「鐘ヶ淵」という深い淵があります。そしてそこには急な山が迫っていますが、その山の頂には、むかし古い鐘楼が建っていたので、そこを「カネツキドウ」と呼んでいます。

さて、むかしむかしのある晩のこと、どうしたはずみかその鐘楼がこわれて、吊るしてあった大きな釣り鐘が、“どすん”と大きな音をたてて落ち、ごろごろころげて鐘ヶ淵に沈んでしまいました。futinisizundaturiganeところがこの淵には、昔から長い間住みついていた不思議な竜がおりました。この竜は、水の中ではこわいものなしで、たいへん威張っていました。だから、気に入らないことがあると、すぐ腹を立て、洪水を起こして田畑や橋を流したり、時には、家や人の命までもうばってしまうほどの乱暴者だったのです。
でも、この暴れん坊には、ただひとつの頭のあがらない怖いものがあったのです。それは鉄などの金物でした。
ちょうど真夜中のことだったので、ぐっすり寝こんでいた竜の枕元へ、突然だいきらいな釣り鐘がどしーんと飛び込んできたものですから、さあ大変。竜はあわてて、命からがら逃げました。川の下流に「権蛇淵」という淵がありますが、ここで蛇の姿に変身して、しばらくの間岩の穴にひそんでいたのです。
ところがそこは、同じ川筋なので、いつまた恐ろしい釣り鐘が追っかけて来るかもしれません。びくびくしながら思案の末、いっそうのこと高い山から天に昇ろうと決心しました。幸いにも、川のすぐそばには青葉の山々が迫っていて、大昔に噴火した「茶臼山」がそびえています。そしてその山からも、谷伝いに水が流れています。
「よしっ」と決心した竜は、水を伝って上へ上へと登りました。途中で少し疲れたので休みました。そこを今も蛇谷と呼んでいます。休んでは登り、休んでは登り、竜はとうとう山の頂上まで逃げのびました。
不思議なことに、山のてっぺんからは赤い火が噴いて、黒い煙がいきおいよく立ち上っているではありませんか。竜は大喜びで、その煙に乗って天に昇って行きました。

ところで淵に沈んだ釣り鐘はどうなったでしょうか。あれから何千年たったかはしれませんが、今もそのまま鐘ヶ淵の底深く沈んでいるそうです。きっと鐘楼がこわれてなくなってしまったので、帰るところがないからなのでしょう。
そして不思議なことに、この鐘は、闇夜の晩に限って、ときどき淵の底からうなることがあるそうです。そんな時には、必ずこの地方に、何かよくないことが起きると言い伝えられています。