角兵衛さん

中之庄の南の端、三重県名張市と境する位置に馬尻山があります。

昔、この馬尻山の所有権をめぐって、伊賀の国と大和の国で争いが起こり、長い間紛糾したことがありました。その当時中之庄に「角兵衛さん」という人がおられて、この人が参謀格となり、紛争解決の衝に当たっておられました。
いろいろと話し合いを重ね、協議を重ねましたが解決の糸口は見つかりませんでした。さんざん苦心したあげくの果てに出た結論は、この争いの解決には、なんとしても大金が必要ということになりました。
ところが当時の村は貧困でとてもそんな大金はできなく、その調達にほとほと困り果てていました。そのとき、平素は大変な節約家であった善福院の一僧侶が、村のこの一大事を救おうと、ただちに箕に三杯の黄金を村になげだしました。そして「角兵衛さん」とともに、この大金を持って折衝に当たり、村の危急を救ったといわれています。

kaku角兵衛さんと善福院僧侶の偉業を、村人は永く後世に伝えようとして、角兵衛の墓の上に松の木を植え、「角兵衛松」と呼んで大切にしていましたが、先年の落雷によって枯死してしまいました。
善福院の僧侶の碑は、大寺跡に残っています。